メイドカフェをとびきり楽しむ方法は、やっぱり通い詰めることだと思う。

とことん通い詰めたメイドカフェは全クリしたRPGの世界みたいな居心地の良さがある。

席につくなり顔なじみのメイドさんが「石橋さん、いつもの?」「ガムシロップはいらないですよね?」と聞いてくれる。

帰り際の挨拶は「また明日ね!」といった感じだ。

話題にしても趣味とか出身とかその場限りの話題以外にも「そういえばアレどうなったの?」などストーリー性のあるテーマに展開できる。

最高だと思う。

逆に初めて入るメイドカフェでは、やっぱりメイドさんとのコミュニケーションには限界がある。

メイドさんサイドからすると、新規のお客はヤバい奴の可能性もあるので、警戒してしまうのだと思う。

たぶん、若い女性客なんかはそんなことないのかもしれない。

けれど、観た感じからしてうだつの上がらないオタクみたいな我々は、メイドさんに”大丈夫な人”と認めてもらうまで通うしかないのだ。

しかし、そうして延々と通い詰めて、やっとのこと認めてもらったその先に待っているのはメイドさんの卒業である。

どんなに通い詰めても、メイドさんに卒業されては元も子もない。

残されたオタクは結局、新しく入ってきた研修生さんにまた1から覚えてもらうため、通い続ける。

レベル1からやり直し。

こんなことに意味はあるのかとアナタは思うかもしれない。

メイドカフェに通い詰めるというのは、波打ち際に砂のお城を建てるようなもので、つまるところ諸行無常で盛者必衰なのである。

僕が思うに、ひとりひとりのメイドさんと一緒に過ごしたあのかけがえのない時間こそが”意味”であり、あの瞬間こそがすべてだ。

例えば繋がるために通うとか、そういう目的があってメイドカフェに通ってるわけではない。

だから、最高の居場所がリセットされてしまっても、また1から作っていく。

確かに不毛だけど、その過程こそが、メイドさんと築く時間こそが、メイドカフェをとびきり楽しむ方法なのだと思う。